ゆる捨てとは、何かを捨てることではなく、「もう頑張らなくていいかもしれない」と気づくことなのかもしれません。
最近、いちばん手放してよかったものがあります。
それは、目に見えるモノよりも、ずっと重たかった気持ちでした。
今回は、そんな「最近いちばん手放してよかったもの」について、モノではなく、気持ちの面から書いてみたいと思います。
毎日やらなきゃ、と思っていた家事
床掃除は毎日。
洗濯は溜めない。
夕方までに部屋を整えておく。
いつの間にか、それが「できて当たり前」になっていて、できない日は、誰にも何も言われていないのに、ひとりで落ち込んでいました。
でもある日、「今日できなかった=ダメな日」ではないのでは、と思ったのです。

子どもが元気に帰ってきて、宿題を見て、ごはんを作って。それだけでも、十分やっている!
「毎日やらなきゃ」を手放したら、家事の量はあまり変わらないのに、気持ちだけが軽くなりました。
使い切らなきゃと取っていたプチストレス
いつか使うかもしれないもの。高かったから、と残していたもの。
「もったいない」という理由で取っていたものたち。
それを目にするたびに、使っていない自分を責める気持ちが、イライラに直結していました。
そのプチストレスを毎日感じ続けるほうが、よっぽどもったいないと気づいたんです!
使い切れなかった事実は認めて、もう不要なものは買わないようにする。
「もったいなかったけど、いい教訓になった」と思えるようになってから、手放すハードルがまた一段下がったと思います!
「ちゃんとした母でいなきゃ」という思い込み
いちばん大きかったのは、これかもしれません。
【部屋が整っていて、手作りのごはんで、いつも余裕があって笑顔。】
そんな「ちゃんとしたママ」のイメージに、無意識のうちに自分を当てはめようとしていました。

特に、専業主婦になってからは、やって当然と思われているというプレッシャーを勝手に感じるように。重圧に耐えられない…なんでもいいからパートしたい。と、そんな専業主婦=家事のプレッシャーからどうにか逃げる方法はないかを探すようになりました。
現実には、片付かない日もありますし、疲れて余裕がない日もあります。それでも、子どもと向き合う日々は、ちゃんと続いています。「ちゃんとしていない日」があっても、母であることは、きちんと続いているのだと思えるようになりました。
その思い込みを手放したことで、自分を責める時間が、少し減りました。
まとめ|ゆる捨てで暮らしがラクになる
ゆる捨てとは、何かのモノを減らすことよりだけではなく、自分にかけていた無言のプレッシャーを下ろすことなのかもしれません。
今日もわたしは完璧ではありませんが、それでも暮らしは回っています。
最近いちばん手放してよかったものは、「完璧」を手放して、それでいいと思えるようになったことです。



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