探し物が見つからずイライラし、うまくできない自分に自己嫌悪。そんな気持ちのループから、なかなか抜け出せずにいました。
「片づけなきゃ」と思えば思うほど、体も気持ちも重くなっていく。やらなきゃいけないのに動けない自分が、さらに苦しくなっていました。
そんなある日、母からかけられた何気ない一言が、私の考え方を大きく変えるきっかけになります。
きっかけは、母のひとこと
「本来、ここはものを置くところじゃないんだけどね」
母にそう言われて、思わずはっとしました。
冷蔵庫の上。
食器棚の上。
チェストの上。
どれも、ただ天井に近いだけの場所。
それなのに私は、いつの間にか“物置き代わり”にしていました。

「地震で落ちてきたら危ないよ」
重たいモノが落ちてきて、もし家族に当たったら……。
そう考えると、急に怖くなりました。
その言葉に背中を押され、まずは上に積んでいたモノを、すべて下ろすことにしました。
下ろして気づいた、現実
実際に下ろしてみると、想像以上の量。
さらに拭き掃除をしようと手を伸ばすと、出てきたのは大量のホコリでした。
「え、こんなに……?」
驚くと同時に、「ここにはもう二度と物を置かない」そう心の中で決めました。
このとき初めて、「置ける」と「置いていい」は違うということを、身をもって感じます。
次に向き合ったのは、自分の服
次に手をつけたのは、クローゼットの中の自分の服でした。


ぎゅうぎゅうのクローゼットを見た母が、こう言いました。
「今着ている服、どのくらいあるの?」
「お役目を果たした服は、“ありがとう”って言って手放してもいいんじゃない?」
その言葉は、なぜか胸にすっと入ってきました。
毛玉ができている。シミが落ちない。全体的にくたびれている服。着ない服が、場所を占領していたこと。よく見ると、
・授乳中で今は着られない服
・何年もしまいっぱなしの服
結果的に、着ない間に傷んでしまった服が、次々と出てきました。

「売れるかも」が、手放せない理由だった
クローゼットにも、学生時代に着ていた、組曲のスーツやコートがほこりをかぶっていました。
思い出が詰まっていて、なかなか手放せなかった一着です。
トレンチコートも、今あらためて見ると少しデザインが古く、母と顔を見合わせて思わず笑ってしまいました。
「ブランドだから売れるかも」
そう思って、組曲のスーツをメルカリに出してみたものの、1年経っても売れず。リサイクルショップに持って行っても、まさかの買取不可。
結局、そのまま持ち帰ってしまいました。
今振り返ると、「もったいない」という気持ち以上に、手放すという発想がなかった。それが、当時の正直な気持ちです。
管理できる量を超えていたと気づく
自分の服をすべて出してみて、ようやく気づきました。
「今着ている服」と「もういらない服」が、同じクローゼットに入っていたという事実に。
その結果、
・服が多すぎる
・探しにくい
・取り出しにくい
という状態に。
見た目は片づけているつもりでも、実際には「片づいていない」クローゼットになっていました。
気づかないうちに、自分で管理できる量をとっくに超えていたのです。
捨てることが怖かった、本当の理由
私がなかなかモノを手放せなかった理由は、「もう不要だ」と思っていても、捨てていいのか不安だったからです。
捨てたら、
・失敗した気がする
・お金を無駄にした気がする
・過去の自分を否定してしまう気がする
そんな感情が、心の奥にありました。
でも、考え方を少し変えてみてもいい。
「今の私に必要かどうか」で考えていい。
大事なのは、自分軸。
やましたひでこさんの断捨離の考え方を知って、初めて「もっと自分の気持ちを大切にしていい」と思えるようになりました。

そう思えたときから、少しずつ手放せるようになっていっていきました。
手放して気づいた、意外な変化
モノを減らしたからといって、
部屋が劇的におしゃれになったわけではありません。
それでも、
・探し物が減った
・選ぶ時間が短くなった
・「どこだっけ?」が少なくなった
それだけで、気持ちはずいぶんラクになりました。
そして、自分を責める時間も、自然と減っていったのです。
ゆる捨てで手に入ったもの
ゆる捨てを始めて手に入ったのは、“完璧に整った部屋”ではありません。
捨てることで生まれた、ほんの少しの余白。
「前より、ちょっと片づいたかも」と思える感覚。
暮らしがちゃんと回るように、今の自分にできることをやりたい。そう思えるようになったことが、私にとっていちばん大きな変化でした!
次のエピソードでは…
次回は、ゆる捨てを続ける中で感じた
「気持ちの変化」と「暮らしの変化」についてお話しします。
片づけは、部屋のためだけじゃない。
「ママの心を守るためのもの」だった。
そんな気づきをお話しします。



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